日本古来の風習と、伝統を守り続ける老舗百貨店
お中元とお歳暮は、日頃お世話になっている人に対し、感謝の気持ちをモノで伝える日本古来の風習です。その需要は年々減少傾向にありますが、そうは言っても2016年の国内売上総額は1兆7800億円(ギフト市場白書 2018より)。まだまだ巨大なマーケットであることに変わりはありません。
6月某日。日本橋三越本店本館7階のお中元ギフトセンターは、大変な賑わいを見せていました。その商品政策や販売に携わるおふたりが、多忙な中、取材に応じてくれました。
■取材先プロフィール
株式会社 三越伊勢丹
1673年(延宝元年)創業で346年の伝統を誇る“三越”と、1886年(明治19年)創業で133年の歴史を重ねてきた“伊勢丹”。共に呉服店から出発し、日本を代表する二大ブランドへと成長した両百貨店は、2011年4月に百貨店事業会社として統合。三越伊勢丹は百貨店売上高1位の伊勢丹新宿店を始め、日本橋三越本店や銀座三越を有し、百貨店業界トップの売上高を誇る。
■人物プロフィール
MD統括部マーケティング推進部 MD計画・推進ディビションギフト担当
プランニングスタッフ:町田淳一(まちだ じゅんいち)さん
1991年、日本橋三越服飾雑貨部に入社。その後、高松三越、新宿三越を経て2006年に現在の部署へ。主に、三越伊勢丹グループのフォーマルギフト関連の取りまとめを担当。
食品・レストランMD統括部付 計画担当Ⅲ
ギフト アシスタントマネージャー:大澤邦英(おおさわ くにひで)さん
デパ地下の楽しさ、美味しさに憧れて2007年に入社。社歴の大半が食品商品担当。食の魅力を日々探求、発信し続け、2018年より現職へ。
百貨店ギフトの強みは「安心と安全」
※大澤邦英さん(写真:左)、町田淳一さん(写真:右)
――お中元シーズンに入り、7階のギフトセンターがものすごい熱気ですね。お客さまの多さもさることながら、商品やスタッフの多さにも驚きました。
町田淳一さん(以下、町田):注文をお受けするカウンターは、ピーク時にはスタッフ150名態勢になります。これはおそらく日本最大級のスケール。お買場には約1600品目が陳列されていますが、ギフトコンシェルジュも多数常駐しており、お客さまからいつ何を聞かれても大丈夫な態勢を整えています。
――数多くの選択肢がある中で、お中元やお歳暮の時季に三越伊勢丹のギフトセンターへ足を運ぶ人々は、何を求めていると思いますか?
町田:やはりギフトコンシェルジュから直接商品の説明を聞くことが、ここへ来られる大きな理由と思われます。まずはカタログで目星をつけて、ギフトセンターで現物を確認し、ギフトコンシェルジュの説明を聞いて納得してから、注文をする。そういったお客さまが多いようです。
ですから毎回、入り口となるカタログの制作には非常に力を入れています。写真の撮り方にもこだわりますし、商品の魅力がコンパクトかつストレートに伝わるようにテキストも練りに練っています。さらには、贈り手のみならず、受け手にも商品の魅力が伝わるよう、サジェストカード※を同封してお送りするようにしています。(※商品の産地やこだわりを記載した説明書き)
――ズバリ、百貨店でギフトを購入するメリットとは何でしょう?
町田:一言で言うと、「安心・安全」だと思います。それは「包装紙の力」にも繋がっています。あとは、お取組先が我々と一緒になっていい商品を開発できるのも強みだと思います。ちなみに安心・安全というのはイメージ上の話ではなく、たとえばカタログにある商品番号を入力するだけで、原材料やアレルギーなどに関する品質情報をインターネットで簡単に検索できるようになっています。
――百貨店はご年配のお客さまも多いですが、インターネット検索に対応できるのでしょうか?
町田:我々が思っている以上に、年配の方々はインターネットを使いこなしていらっしゃいます。もちろん、インターネットがわからないお客さまには商品アドバイザーが口頭でご説明いたしますし、お届け先の方も配送伝票を剥がすだけで品質情報をご覧になれるようになっています。
世界に誇る美術品とのコラボでブランド価値を高める
――数あるギフト商品の中で、最も長く愛され続けているモノは何でしょう?
大澤邦英さん(以下、大澤):三越という屋号が商品名に入っている安心感も手伝ってか、『三越 アラスカ産たらばがに缶詰詰合せ」がロングセラーの代表格です。門外不出の三越だけの特別な調味料を使っている点と、アラスカ産であることが大きな魅力です。
たらばがにといえばロシア産を思い浮かべる方も多いでしょうが、アラスカ産の方が圧倒的に大きいんです。その中でも、肉厚で身がぎっしり詰まっている「一番脚肉」を中心とした脚肉を使っており、噛み応えも段違いであるため、お客さまに長く愛されています。
※ロングセラー商品の『三越 アラスカ産たらばがに缶詰詰合せ」
※ロングセラー商品の『三越 アラスカ産たらばがに缶詰詰合せ」内容イメージ
――見るからに美味しそうですね!では続いては、最近のトレンドと言えるギフト商品を教えてください。
大澤:社会的貢献も視野に入れつつ、2016年のお中元から販売を開始した「国立博物館×三越伊勢丹 コラボレーションギフト」が最近の売れ筋ですね。東京国立博物館が所蔵する「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」「見返り美人図」などの名画をパッケージにあしらったビールや食品です。このコラボレーションのビールに関しては、昨年は猛暑のせいもあり早期に品切れが起きたため、今年は製造量を2倍にして臨んでいます。
※国立博物館コラボレーションギフト『〈アサヒ〉ジャパンスペシャル×葛飾北斎 冨嶽三十六景」
――このコラボレーションギフトが人気なのは、なぜだと思われますか?
町田:まずは「ここでしか買えない」というオリジナル性。あとは、普通のビールと値段は一緒なのに、贈る側のセンスの良さを感じさせることができ、受け取る側も「日本文化を楽しむ」という付加価値を得られる点も魅力なのだと思います。
ちなみにこれらの商品を売るだけが我々の目的ではなく、この商品をきっかけに博物館へ足を運ぶ方が増えれば、「日本が世界に誇る美術作品を守り、未来へと受け継ぐ」という社会的貢献へも繋がるのではないかと考えています。
――絵が綺麗なので、空き缶を捨てるのがもったいなく感じますね。
大澤:実際にお客さまの声を聞きますと、ペンケースなどとして再利用されている方も多いようです。3R(リデュース、リユース、リサイクル)の観点からも、社会的貢献に繋がる商品と言えます。
――お客さまの声はどこで聞くのでしょう?
町田:店頭で接客中にお聞きすることが多いですが、カウンターでお待ちになっているお客さまにアンケート調査をお願いすることもあります。お客さまの声は、商品開発やカタログ作り、会場運営などに生かしています。
「3000円〜5000円」以外の商品開発を!
――近年、お客さまの声が商品に反映された実例はありますか?
大澤:国立博物館の話に少し関連しますが、お客さまの声から生まれた低価格帯の「手みやげギフト」というシリーズがあります。
かつては「ギフトは3000円から5000円の商品が中心である」という固定観念が作り手の我々の中にもあったのですが、お客さまの声に耳を傾けると、「1000円から2000円の手みやげを持って、ちょっとしたご挨拶に行きたい」「帰省先で久々に会う家族や友人に簡単な手みやげを持って行きたい」といったニーズも多くあることがわかりました。
そこで、そうしたパーソナル的な需要を具現化しようということで昨年のお歳暮からトライアルとして始めたのが、この「手みやげギフト」です。今年のお中元では、国立博物館の絵をあしらった1000円〜1500円、そして2000円の計16アイテムを用意しました。
町田:お中元・お歳暮は需要がシュリンクしていくマーケットではあるので、それ以外のニーズを発掘するために、「低価格帯に挑戦した」という側面もあります。
――「手みやげギフト」の売り上げはいかがでしょう?
大澤:好調です。たとえば「森八」の『片輪車蒔絵螺鈿手箱」を見た、新たに起業された方が「荒波を車輪が越えて行くような力強い絵」と感想を持たれて購入されたり、「上野風月堂」の『獅子図屏風』、『花鳥図』が夫婦のように可愛らしいと結婚式の引き出物にされたりなど、今までのギフトにはないケースが多々あります。
※「森八」『片輪車蒔絵螺鈿手箱』
※左から「上野風月堂」の『獅子図屏風』、『花鳥図』
お客さまのニーズは多様化していますので、さまざまなシーンで使えるものとして「手みやげギフト」を定着させたいです。法人需要はもちろんのこと、いわゆるプチギフトとしての需要も取り込んでいきたいと考えています。
新たなニーズを察知。低価格なプチギフトと高価格な贅沢ギフト
――御社では現在、他にはどのような販売促進策を行なっていますか?
町田:他の百貨店同様、弊社でも顧客の高齢化が進んでおり、新たなお客さまを獲得していかないといけません。
そこで、低価格帯の「手みやげギフト」の普及に努める一方で、逆の発想として高価格帯の商品の開発も進めています。その先駆けとして昨年のお歳暮から、国内外から自信を持って選び抜いた希少価値の高い品々を集めた「The Special Collection」の販売を開始しました。3000円〜5000円がメインのプライスラインのお中元・お歳暮市場においては、極めて高価な商品と言えます。
大澤:希少価値が高いため、限定数が少ない銘酒や美食の品々ですが、実は贈答用ではなく、ご自分用にお買い求めになる方が非常に多いんです。
町田:お中元のカタログに載っている商品の大半は、8割から9割がお歳暮・お中元目的で買われるのですが、「The Special Collection」は5割がお中元・お歳暮用で、残り半分は違う用途。「手みやげギフト」に至っては、お中元・お歳暮目的は2割で、8割の方は多様な使い方をしていらっしゃいます。ということは、従来とはまったく違う層を取り込めていると感じております。
大澤:昨年のお歳暮の話をしますと、「手みやげギフト」はお歳暮ではなく年賀用、あるいはプチギフト使いが多かったようですね。
町田:そうした新しい需要を発掘する一方で、日本のよき伝統文化であるお中元・お歳暮を三越伊勢丹が守っていかなければならないという使命感も当然あります。そういうPRをかつては紙の折り込み広告でやっていましたが、近年はWebでの訴求にも力を入れています。今年の4月からは、贈り物のしきたりとマナーなどを網羅した三越伊勢丹の財産である「儀式110番」というテキストの抜粋版を、Web上でも広く閲覧できるようにしました。
法人需要に上昇の兆し。多様化していくギフト需要
――では、最後の質問です。お中元・お歳暮の市場は今後どう変化していくと予測し、それに対しどのように対応していく構えですか?
大澤:ニーズの多様化は今後も進むでしょうから、他では買えないオリジナル性をとことん追求し、商品の付加価値の最大化を深掘りしていく構えです。あとは、パーソナルギフトへの注力もさらに進めたいです。
たとえば、すでに弊社でも着手済みですが、最近はアジアの飲食店が人気なので、アジアに注力した商品に力を入れたり。今後はラグビーのワールドカップ、東京五輪、万博などの国際的なイベントがあり、日本へ来る外国の方も増えますので、外国文化を知ってもらうためのパーソナルギフトなども増えるでしょう。
町田:人口の減少に伴い国内市場はシュリンクしていると言われていますが、実はそんな中、法人需要は底を打って上昇の兆しが見えてきています。それはスタートアップ企業が増えてきたからです。そういう若い起業家の方が成功するためには、当然ながら人との繋がりが必要になり、ギフトを贈る機会も増えます。ですから我々としてはお中元・お歳暮の未来を決して悲観はしておらず、今後も需要拡大に向けて努力を続けるのみです。
その一環として、我々はすでに他の百貨店ではあまり取扱っていない夏の涼を楽しむリビングアイテムや、家族みんなで楽しむ贈り物としての玩具など「食品以外の商品掲載」にも取り組んでおります。こういったものを次世代に繋いでいき、お中元・お歳暮文化がもっと見直されて復活していくことを願っています。
企画:天野成実(ロースター)
取材・文:岡林敬太
撮影:栗原大輔(ロースター)
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