生産者と消費者、地方と都市に「支え合い、贈り合う関係性」を
「食べる通信」は、定期購読型の「食べもの付き情報誌」。毎号、地域特産の旬の食材と、その生産者をじっくり取材した特集記事とがセットで届きます。よりすぐりの名産品を味わえるだけでなく、誌面を通じて農家や漁師の方々の人生や、自然との関わり、おすすめレシピなど、人の温度を感じられるのが特徴です。
発端は、東日本大震災の後、2013年に誕生した『東北食べる通信』。これが話題となり、いまでは全国36のご当地版やテーマ型の「食べる通信」が発行され、読者は総計1万人を突破。台湾でも4誌が創刊するなど、海外にも広がっています。
そこでは、生産者と消費者による顔の見えない商品取引ではなく、食を通じて互いに温かな気持ちを贈り合う関係が育っているようです。そこで、仕掛け人である「日本食べる通信リーグ」代表の髙橋博之さんにお話を伺い、これからの社会においてギフト的精神が果たす力について、ヒントを探ってみました。
■取材先プロフィール
一般社団法人 日本食べる通信リーグ:https://taberu.me/
「食べる通信」は、食のつくり手を特集した情報誌と、彼らが収穫した食べものがセットで定期的に届く「食べもの付き情報誌」。2013年の『東北食べる通信』を皮切りに、地域に根ざすクリエイターらによって各地域で創刊し、生産者と消費者の豊かな関係性を広げている。日本食べる通信リーグは、これらの各発行元を加盟団体とするネットワーク。
■人物プロフィール
日本食べる通信リーグ代表:髙橋博之(たかはし ひろゆき)さん
1974年、岩手県花巻市生まれ。同県議会議員等を経て2013年にNPO法人東北開墾を設立、「東北食べる通信」の創刊編集長に就任(〜2019年春)。2014年、「日本食べる通信リーグ」を創設して同モデルの全国展開へ。2016年には農家や漁師から直に旬の食材を購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」サービスも開始。株式会社ポケットマルシェ・代表取締役CEOも務める。
名産品とそれをめぐる物語を届ける「食べる通信」の挑戦
――「食べる通信」はいわゆるギフトサービスではありませんが、これからの社会において「贈り・贈られる」というギフト的精神の意味を考えるうえで、大切な示唆をいただけるのではと思い、今回取材をお願い致しました。
髙橋博之さん(以下、髙橋):ご関心を持ってくださり、ありがとうございます。「食べる通信」はひとことで言うと、定期購読型の「食べもの付き情報誌」です。読者には毎号、各地名産の食材と、その生産者の方々への充実した取材記事を載せた情報誌が届く仕組みです。
――「食べる通信」で髙橋さんたちが一番大切にしていることは何でしょう?
髙橋:「物語を届けること」ですね。もちろん美味しい食材の厳選は大前提ですし、できるだけ収穫時に近い状態で発送する工夫も毎回しています。一方、多くの産地直送便サービスにおいて、生産者の情報というのは、食材に手紙が一枚添えられる程度ですよね。
「食べる通信」はこれをひっくり返す発想で生まれたもので、だから「食べもの付き情報誌」なんです。日本の農林漁業人口は減少していて、今では多くの人が現役の農家さんや漁師さんと接点が少ない。だからこそ、その姿を伝えたいんです。
――確かに、誌面から伝わる物語は、従来ふれる機会のなかったものです。たとえば『東北食べる通信』で、岩手県の「赤皿貝」を届けた回。漁師さんが自らの人生と地元の将来を模索するリアルな姿が、親御さんの介護などの生活模様と、自作の歌も含めて紹介されています。
髙橋:良い面も大変な面も含めての物語だからこそ伝わるものがあります。これは映画などでも一緒ではないでしょうか。近年では5K(きつい・汚い・かっこわるい・稼げない・結婚できない)とも言われる農林漁業ですが、続けている人たちにはそれだけのワケや想いがある。
美味しい食材が生まれたストーリーもある。これらを知って食べると、味わいが全く違うと思うんです。そのために、同じ生産者さんに四季を通じて取材するなど力を入れています。加えておすすめレシピなど実用的な情報も載せています。
――そうした物語を知ることが、私たちの生活を豊かにする。そうしたお考えでしょうか?
髙橋:いまお話したような物語も届けることで、舌だけでなく脳でも味わってもらいたいんです。人は生涯で約8万7000回の食事をするとも言われますが、現代ではそれが、スマホ充電のような単なる栄養補給行為になりがちだと感じます。
そこには便利さもありますが、それだけだと寂しい。だから月一回だけでも「食べる通信」のように、楽しみながら食材やその作り手とじっくり向き合う体験もしてもらえたら嬉しいですね。
「ごちそうさま」「ありがとう」から広がる縁
――「食べる通信」を通じた生産者と読者の関係には、単なる商品取引を超えた、いわばギフト的な精神があるようにも感じます。それが今回取材をお願いした理由でもあるのですが、この点についてはいかがでしょう?
髙橋:顔の見える生産者から、自然の恵みでもある食材を読者へ届ける。その点では、贈りもの的にとらえることもできるかもしれませんね。また、「食べる通信」ではFacebookを活用して両者が交流できるコミュニティを用意しており、読者が「ごちそうさま」「ありがとう」の気持ちを生産者へ直に届けられます。この双方向性は重要でした。
生産者側からすれば、お客の顔が見えないなか、ある意味で孤独に働き続けている人も多い。こうした交流が、生産者のやりがいにもつながればと願っています。
――単なる売買にとどまらず、両者で想いを送り合う=贈り合う関係ということですね。
髙橋:「食べる通信」を入口に、生産者の方々を都心に招いての交流会や、産地を訪ねる収穫体験イベントなども生まれています。さらに、Facebookで知り合った生産者さんを直に訪ねていく読者も出てきました。そこに至るまでに築いた信頼関係があればこそですが、そうなるともう、ただの一回きりの消費者ではないですよね。継続的なファンであり、理解者や応援者でもある。
あるとき、『東北食べる通信』でお世話になった米農家さんが収穫期の人手不足で窮地に陥ったときには、全国の読者が手伝いに集結したこともあります。読者にとってもお世話になっている農家さんだから、困ったときはお互い様という気持ちが実現させた出来事でしょう。ここには生産者と生活者の、新しい関係が生まれていると思います。
――食材をただ「商品」として見ていると生まれない、そんなつながりとも言えそうです。
髙橋:ちなみにギフトというキーワードに関連していえば、ある読者さんは自分だけでなくご実家のぶんも「食べる通信」を契約しているそうです。すると、ふだんは離れて暮らしているけれど、月に一度、同じ食材を食べる機会が生まれたことで話すきっかけができた。そんな言葉を頂けるのも嬉しいことです。
想いのやりとりは「支援」ではなく「連帯・共生」
――もうひとつユニークなのは、全国各地でご当地版「食べる通信」が発行されてきた、その広がりだと思います。最初に創刊したのは髙橋さんたちによる『東北食べる通信』。以降、今では北海道から沖縄まで36団体による「食べる通信」が発行されています。近年は台湾でも4誌誕生したとか。
髙橋:これも広げたのではなく、「広がった」というのが実感です。「東北食べる通信」を知った各地の方々から「自分の地元でもやってみたい」との相談をいただいたのがきっかけでした。いずれも地元の運営団体によるもので、これらが「日本食べる通信リーグ」として連携している形です。フランチャイズではなく各地域が独自の価格設定やデザインで発行できる点が特徴です。また、リーグ全体の方針は全加盟編集長の合議で決定しています。
――髙橋さん自身は、この広がりを社会にどう活かしたいとお考えでしょう?
髙橋:「食べる通信」を始めた動機は、第一次産業(農林漁業)が抱える課題の解決につなげたいとの想いでした。特に東北では、東日本大震災で第一次産業が苦境に立たされましたが、これは人手不足や高齢化などすでにあった課題が、震災で鮮明化したともいえる。
その意味で日本各地に共通する課題です。そして、問題の当事者は農林漁業者だけでなく、食材の恩恵に預かる私たち全員のはず。これを「人ごと」と思わない意識こそが大切で、「食べる通信」もこの点で役に立てばと思っています。
――そこに、想いを「贈り合う」関係が果たせる役割があると。
髙橋:片思いや上から目線の支援は長続きしません。どちら側も辛くなってくるし、自然消滅的に風化することも多い。だから僕には支援より「連帯」という言葉のほうがしっくりきます。また、農林漁業と消費者という関係は、地方と都市の関係にもつながりますが、じつは困っているのは田舎だけではない。都会もいま、さまざまな病を抱えているでしょう?生産性重視の世の中で、前述のような工業的な食生活が増え、一人暮らしや高齢者の増加で「孤食」も問題になっています。
また、もし大都市を災害が襲えば対応し切れないことも出てくるはずで、地方の協力は欠かせない。そうしたことを考えても、都市と地方を二項対立で考えるのはやめて、長所短所を補い合うべきでしょう。
――髙橋さんのご著書タイトルにも『都市と地方をかきまぜる』というのがありますね。
髙橋:ある若い女性会社員の読者がこんな経験を教えてくれました。都市の単身者が最も孤独を感じるのは、大晦日を一人で過ごすときかもしれません。彼女もそうなりそうだったある年末、知り合いになっていた農家さんがそれを知り「私のところに来い」と。農家は年末年始に神事を行うところも多いので、彼女はその末席で賑やかな年越しを体験。三ヶ日は産地めぐりもして、元気をもらって帰ってきたそうです。
――そうした体験は、「食べる通信」の付加価値とも言えそうです。
髙橋:個人的な快適さのみを追求すると、暮らしは何かツルツルしたものになっていく。対照的に、今の農家のおじさんと都会の若者の話はゴニョゴニョしたコミュニケーションとでも言うべきでしょうか(笑)。
僕自身、ツルツル文化も享受しており、逆にゴニョゴニョ文化には面倒臭さもあるでしょう。ただ、人の幸せは、感動の共有のような体験を抜きにはあり得ないとも思います。何かを贈り合う営みも、そこに大切な意味があるのではと考えています。
――最後に、これからの目標を教えてください。
髙橋:「食べる通信」が生み出すものを「文化」にしたい。時間がかかることは覚悟のうえです。ビジネスモデルとしては楽ではありませんが、僕らの活動に触発されて何かを始める人たちがいればそれも嬉しいですね。最近では大きな企業さんの中にも、「食べる通信」的エッセンスに興味を持ってくれる方がいるので、地道に続けながら広がりを得られたらと考えています。
企画:天野成実(ロースター)
取材・文:内田伸一
撮影:栗原大輔(ロースター)