岩村玉希さんに、とっておきの手みやげを聞きました
みやじまの宿 岩惣/女将 岩村玉希
1976年生まれ。2007年より『みやじまの宿 岩惣』の七代目女将を務める。『みやじまの宿 岩惣』は、安政元年創業の広島の老舗温泉旅館。古くから皇族や文人、数多くの著名人から愛されてきた歴史ある名宿。日本三景、世界遺産にも登録されている宮島を存分に堪能することが出来る。
お客様へのおもてなしのひとつに贈り物があります
――日本を代表する老舗旅館の女将、ズバリおもてなしのプロに今回手みやげのインタビューをすることが出来、大変光栄です!ありがとうございます。女将の仕事をされていると贈り物をする機会は多いのでしょうか?
贈り物とは日々関わっています。とても身近な存在ですね。女将の仕事を始めてから贈り物をする機会はぐっと増えました。というのも、旅館にいらっしゃる日本全国のお客様から、たくさんのおみやげをいただいているんです。
有難いことに、毎日本当にたくさん。それはまるで「全国菓子博覧会」のような(笑)。その贈り物ひとつひとつの包みを開きながら毎日楽しませていただいております。そのようにして毎日贈り物をいただいておりますので、お返しも毎日お渡しします。そう考えると贈り物は毎日しているかもしれませんね。
――女将さんが全部選ばれているんですね! 毎日は大変ですよね。どなたに何を用意したか、わからなくなることはないですか?
贈り物はどちらかというと、もらうよりもお渡しするほうが好きなので、どなたに何を差し上げたのか覚えていることが出来るみたいです。大変そうだと言われることもありますが、日々楽しみながら選んでいます。
贈り物とは少し違うかもしれませんが、小さな頃は人に自分の物をあげてしまう子供だったようです。例えば友達が私の家に遊びに来たときに、友達が私のおもちゃを欲しがっていたら「持って帰る?」なんて聞いてしまうような。そのことで両親から叱られたこともありました(笑)。
――贈り物をする際に、特に気をつけていることはありますか?
そうですね、色々あります。はじめにお相手の人数を考えます。ご家族やお子さんがいらっしゃる人でしたら、個分けになっていて、個数の多いものを選びます。あとは、召し上がられる時間帯も想像します。その場ですぐ召し上がられるのか、持ち帰るのかどうか。持ち歩かれる際は、重たくなるようでしたら迷惑ですし、軽いものをご用意します。お相手の状況にあわせて贈り物を選ぶよう、思い巡らせています。
お相手の嗜好にも、気を遣うようにしています。例えば甘党なのか、辛党なのかで差し上げるものも変わります。甘いものがお好きでない人に甘いものを差し上げると迷惑になってしまいます。お相手にとって嬉しいものをお渡ししたいので、様々なことに気を配りながら選ぶようにしています。やはりお相手への心配りは大切です。
――お心遣いが素晴らしいですね。お客様の趣向などは、どのようにリサーチされていますか?
リサーチは特にしていません。あえてお客様に聞くことはしません。あまり意識はしていませんでしたが、普段の会話やお付き合いのなかでお客様のことを知るようにしているのかもしれません。
普段お客様がどのような行動をとられているのか、よく観察しています。例えばお食事の際、お酒を飲まれていなければ、「お酒は飲まれないのかな」と思いますし、甘いものを召し上がられていたら「甘いものがお好きなのかな」と思いますよね。お客様の様子から見て取れるヒントを見落とさないよう観察していますね。
決める時は即決、贈り物に悩みすぎることはありません
――自然と相手の趣味嗜好を知るように会話することが習慣づいているんですね。お客様への贈り物を選ぶ際に参考にされているものはありますか?
気配り上手な人や、味覚が近い人のInstagramをフォローしています。お写真が上手でどのお菓子も美味しそうですし、手みやげの趣向が自分と近いような気がするので、参考にさせていただいています。
そして、やはりお客様からいただいて美味しかったものを参考にしています。お客様からいただいたおみやげをひとつひとつ開けるだけで、良いものに巡り会えてしまうんです。毎日多くのおみやげと出会う機会がありますので、手みやげが決まらなくて悩みすぎることはあまりありません。
「この人にはこれ」といった感じでポンポンと決めてしまいます。いただいたお菓子のご案内やラベルをとっておいて、ときどきそのラベルを見ながら「ここは美味しかったな」と思い返すようにしていることもあってか、いざ決める時は即決です。
――岩村さんがいただいて、印象に残っているお菓子はありますか?
はい、東京・九段にある「さかぐち」というお店の、『京にしき』という海苔巻きはかなり印象に残っています。とてもインパクトのある見た目をしているんです。銀色の缶のふたを開けると、箱いっぱいに海苔巻きが隙間なく並べられていて、まず真っ黒の光景が目に飛んで来るのです。惚れ惚れするほど綺麗に縦に並べられています。
あとは、大阪の「小島」というお店の、『けし餅』というお菓子。お菓子に詳しいお茶の達人からいただいて、とても美味しかったので印象に残っています。『けし餅』というお菓子は、お餅の周りに “けし”という実がたくさんまぶしてあるものです。
一般的に、“けし”はパンについていることが多いかもしれませんね。見た目も上品で魅力がありますが、口にいれると“けし”の実がふわっと香り、鼻から抜ける風味が美味です。やわらかく甘いお餅もまた口当たり優しい。最近いただいたお菓子のなかで一番美味しかったです。
広島ではないものでしたら、福岡県にある「16区」というお店の『ダックワーズ』をオススメします。フランスから、日本に初めてダックワーズを持ってきたお店だそうですよ。他のお店のダックワーズよりも弾力のある、ふわふわもちもちとした食感で、癖になります。私はとても好きです。
――広島で手に入らないような県外のお菓子をお渡しすることもあるんですね。
そうですね。今回の手みやげは広島のお菓子ですが、時間があるときは取り寄せることもあります。例えば、広島にお住まいの人には県外のものを、県外からいらっしゃった人には広島のものを選ぶようにしていますね。広島のものを渡し尽くした人にも県外のものをお渡ししています。広島で買えるものにこだわりすぎず、お客様に喜んでいただけるもの、美味しいものを選ぶようにしています。
旅館『岩惣』ゆかりの歴史ある銘菓、「多津瀬」の『黄身寄』
――本日は広島の「多津瀬」というお店の『黄身寄』という手みやげをご紹介いただけるとのことですが、『黄身寄』との出会いのきっかけは何でしたか?
このお菓子は、旅館『岩惣』とゆかりのあるものです。昭和のはじめ、吉川英治という作家さんがいらっしゃいまして、うちに泊まった際には、この『黄身寄』をお茶菓子としてだしていたそうです。その先々代の頃から、岩惣では特別なお茶菓子と語り継がれてきたそうです。私も旅館に嫁いでから初めて知りましたが、『黄身寄』は広島にしかないお菓子なんですよ。
多津瀬さんの先代のご主人が若い頃に『黄身寄』の技術を修行されて、自分のお店でも『黄身寄』を出すようになったことから始まったそうです。
――脈々と続く岩惣の歴史を感じる素敵な手みやげですね。この風呂敷の包みは岩村さんがお持ちする際に包んでいただいたものですか? 紫がとても綺麗ですね。
はい、手みやげをお持ちするときは、このような風呂敷に包んで手みやげと一緒に差し上げています。「包んでもらったものはその包みにまた何かを包んでお返しする」という風習があるようですね。お相手に気を遣わせてしまうといけなので、お返しは必要ないですよという意味も込めてそのまま差し上げるようにしています。
これは一枚あたり200円〜300円と、とても安いもの。さまざまな色を用意しておりますので、その日のお着物や、お菓子に合わせて風呂敷の色を変えることもあります。今日は紫を選びました。
――お着物に合わせて紫にされたんですね、素敵です。それにしても『黄身寄』、とても可愛いです。カステラのような見た目をしていますが、これは和菓子でしょうか?
可愛らしいですよね。材料は黄身、白あん、砂糖のみのシンプルな作りの和菓子です。板状の型に固め入れて蒸し、カットしているそうで、作り方が確かにカステラと似ていますね。ふんわりとほぐれる食感と、白あんの優しい舌触りが上品です。
昔からある生菓子ですが、他のどのお菓子とも比べ難い美味しさも魅力のひとつです。簡単なセットですけどお抹茶のセットと、岩惣の菓子皿もお持ちしましたのでよかったらご一緒に召し上がられますか?
――ありがとうございます。これはお抹茶と相性抜群ですね。とても美味しいです。
そうなんです。お抹茶の深みが白あんの風味と良く合います。見た目も黄色と緑色のコントラストになっていて綺麗ですよね。カステラ生地で、裏でさっと食べられるようなお菓子なので、水屋菓子としても重宝しています。
――たくさんの手みやげをご紹介いただき大変勉強になりました。普段からおもてなしのお仕事をされていて、何か共通すること、大事にされていることはありますか?
やはりお相手の様子をよく考えて贈り物を選ぶということです。旅館でも同じように、お相手の様子を見ながらお客様にサービスしなければなりません。いらっしゃったお客様は、お疲れになって到着されているのか、ご飯は早めが良いのかなど、様々です。
一人のお客様でも、その時々で見て取れる情報も様々だと思います。贈り物もそれと似ていて、お相手の条件とマッチしていないものを差し上げても迷惑になるだけですよね。その時々にあったもてなしをすることが大切。よくよく観察して、お客様に心から喜んでいただけるサービスをお届けするよう心がけています。
企画:大崎安芸路(ロースター)
取材・文:天野成実(ロースター)
撮影:藤井由依(ロースター)