伝統工芸一家が令和に伝える技術
※(写真左)二代目上川宗照さん、(写真右)三代目上川宗伯さん
銀は古来よりその輝きで人々を魅了し、古くから各国で食器や日用品に用いられてきました。櫛、かんざし、刀の鍔など、意匠を凝らした銀製品を作っていた銀師(しろがねし)と呼ばれる金工師こそが、今回の主役です。
台東区の日伸貴金属は、東京銀器の祖とされる名匠「平田禅之丞」の直系後継者である、二代目上川宗照さんを筆頭とする工房。現代に技を残し、さらに発展させていこうと腐心されている、数少ない伝統工芸一家です。そんな一家が生み出したアイススプーンとは? その魅力を三代目上川宗伯さんに聞きました。
■<取材先プロフィール>
日伸貴金属
初代上川宗照が九代平田宗道の一番弟子として修業し、独立後に立ち上げた工房。現在は二代目上川宗照と三男一女が同じ工房内で仕事をしている。伝統を重んじ、尊重しながらも、次代に繋いでいく中で新しいセンスを積極的に取り入れ、融合させた次世代の伝統工芸を目指している。
■<人物プロフィール>
上川宗伯さん
昭和48年生まれ。上川家の長男として、父である二代目上川宗照に師事。東京都伝統工芸品産業団体青年会副会長、東京銀器工業協同組合青年部部長を担い、伝統工芸を後世に伝えていく活動にも積極的に取り組んでいる。
職人であることにこだわり、“用の美”を追求
※「純銀の手打ちアイススプーン」。10,000円(税別)。オーダーをもらってから2~3週間でお届けが可能
——銀器の魅力はどんなところにありますか?
上川宗伯さん(以下、上川):一枚の銀の板を何度も叩いて形を作っていく銀器は、時代ごとに様々なものに形を変え、人々の生活に寄り添ってきた実用品です。もちろん美術的な側面もありますが、私たち銀師はアーティストではなく職人。お客様の依頼のもと、お客様が日々お使いになるものを作ります。あくまでも実用的であって、美しい要素も兼ね備えている。そういった「用の美」こそが銀器の魅力だと思いますし、世界中から評価いただいている理由でもあります。
——「純銀の手打ちアイススプーン」はどのようにして生まれましたか?
上川:始まりは、銀でアイススプーンを作ってみたらどうか、とお客様からアイディアをいただいたものです。とはいえ、商品化するまでには3、4年ほどかかり、大きさはもちろん、アイスをすくいやすい形状やエッジの立て方などの試行錯誤がありました。
お陰様ですごく好評いただいていて、世界中からお問い合わせいただくものになりました。国内外を問わず、小さなお子様からお年寄りへの実際に使えて美術的要素を持つ「用の美」として記念品をお探しのお客様や、メディア関係者、女優さん、俳優さんなど、幅広くお客様にご購入をいただいております。
一打一打に集中して、すべてを手作業で仕上げる
——そんなアイススプーンですが、どうやって作られているのですか?
上川:作り方自体はすごくシンプルで、糸鋸で切り出した一枚の銀の板を、木槌で何回も叩いて形を作っていきます。普通であれば機械化して、型押しで作れば効率がいいのですが、そうはできない理由があるんです。
というのも、使用する銀は機械で産業的に作るには柔らかすぎるんです。世界的には92.5%の銀に7.5%の銅を混ぜたものがスターリングシルバーといって、世界基準の純銀と言われるラインになりますが、うちの銀器では、それ以上の99.9%の純度を持つピュアシルバーを使っています。
それに手作業でないと、細かい調整ができません。例えば、持ち手の部分の模様も一打一打つけていて、この部分だけでも2000回以上叩く必要があります。手打ちするのには意味があって、叩くことで粒子が凝縮され、強い銀になるんです。ここに銀器の本質が詰まっているんです。
※叩きながら音も聞き、厚みが均一になっているかなどを判断。五感をフルに使う、集中力のいる作業だ
——気が遠くなりそうなほどの手間が掛けられているんですね。ちなみに、ここまで純度の高い銀を使う理由は何ですか?
上川:銀は熱伝導率が金属の中で一番優れているという特徴があり、純度が高いほど効果も高まりますから、手の体温をアイスに伝えて溶かし、食べやすくするアイススプーンにとっては、純度の高い銀が最適な素材なんです。
純銀のみでつくられた高品質の純銀アイススプーンは、世界でも類を見ません。普通のスプーンとアイスの溶け方を比べていただくと、驚かれる方も多いですよ。程よい純銀のみの重さでやさしく手に馴染み、口当たりが全く他の製品と違います。
ギフトにするなら、ベビースプーンとしても人気
※左から「純銀の手打ちアイススプーン」10,000円(税別)、「宗照の純銀手打ちアイススプーン(ゴザ目打ち)」30,000円(税別)、「宗照の純銀手打ちアイススプーン(打込象嵌)」50,000円(税別)。
——アイススプーンは3種類あると聞きましたが、それぞれどう違うのでしょうか?
上川:主に持ち手の部分の柄が違います。私が作るのは槌目打ちのもので、これが一番スタンダード。他は父の宗照が作る、少し装飾に凝ったもので、ゴザ目打ちと打込象嵌(うちこみぞうがん)という技法を使っています。ゴザ目打ちは、江戸時代には小判の外周部に偽造防止のために施されていたほどの職人技。打込象嵌は、純金から切り出した板を叩いて打ち込んでいく技法で、刀の鍔などに用いられていたとても高度な技法です。アイススプーンは現代的なものではありますが、3種類とも日本の伝統的な技術を用いて制作したものです。
——ギフトにするなら、どんな形が理想ですか?
上川:ひとつひとつがオーダーメイドなので、お名前をお入れして贈り物にされる方はとても多いです。あと最近では、ベビースプーンとして出生祝いのギフトにしたい、という需要が増えているんです。銀器は、一生ものですから、小さい内はベビースプーンとして、大きくなってからはアイススプーンとして使い続けていただくことができます。99.9%の純度を持つピュアシルバーで作られているので赤ちゃんにも安心してご使用いただけます。
ポンと買えるものではないですが、だからこそ例えば生誕を祝うような特別なお祝いには最適。お手入れも簡単で、長く使えるものなので、誰かの一生に寄り添ってくれるようなギフトになるかと。よく育てると表現しますが、使うことで深い味わい、風合いに変わっていく。それが銀器の本来の魅力ですね。
——まさに「用の美」なんですね。最後に、一言お願いします。
上川:そうですね。銀器は修理もできますので、そういう意味でもお付き合いを途切れさせないように、この技術を未来に伝えていかなければいけないと思っています。とはいえ、リレーに例えれば、私もまだまだバトンを持って走っている段階。今後も銀器の魅力を少しでも多くの方に伝えて行けたらと思っています。
企画:天野成実(ロースター)
取材・⽂:石井良
撮影:栗原大輔(ロースター)