国宝級の逸品。強く美しい江戸切子を贈る

日本が誇るべき職人の手仕事が生み出す匠のギフト。今回は、江戸の伝統工芸として有名な江戸切子です。江戸時代後期、海外から長崎に持ち込まれたカットグラスが江戸へと渡り、「江戸切子」として開花したのがその起源。代表的な矢来・菊・麻などの紋様には、それぞれ意味が込められているため、贈りたい相手にメッセージが込められる粋なギフトとなりそうです。


オバマ元国米大統領へ贈った、日本を代表するギフト

今回江戸切子の魅力を紐解いてくれるのは、創業74年になる江戸切子専門店「江戸切子 華硝」。失敗の許されない硝子細工であるのにもかかわらず、精巧なカットが美しいとはまさに匠の技。

安倍首相が当時総理大臣を務めたオバマ元国米大統領にプレゼントした切子として知られる「華硝」の江戸切子。ギフトとしての江戸切子の魅力を伺いました。

取材先プロフィール

江戸切子の店 華硝:https://www.edokiriko.co.jp/
1946年創業。2007年に経済産業省により「地域資源事業活用計画」の東京都第一号認定を受ける。2008年には洞爺湖サミットにて米つなぎのワイングラスが贈呈品として用いられ、以後国の贈呈品として常時用いられるなど、日本を代表する硝子ブランド。

2016年6月には、約170年ぶりに江戸切子発祥の地、日本橋にて 2店舗目をオープン。「江戸切子の寺子屋」として体験型ワークショップも展開。

人物プロフィール

3代目 熊倉 隆行さん(くまくら たかゆき)
1979年生まれ。1946年より続く華硝の3代目。ジュエリー、帯どめ、ルアーなど、これまでに華硝で扱ってこなかった作品も手がける。

贈り物に想いを込めて。伝統紋様が伝えるメッセージ

※「麻の葉」紋様の切子で女性に人気の葡萄色のデザイン。左から『グラス 麻の葉』¥15,000(税抜)、『グラス 麻の葉』¥30,000(税抜)

――どの江戸切子も繊細なカットが美しいです。グラスによって様々な柄がありますね。これらの柄に名前はあるんでしょうか?

江戸切子の伝統模様には全て謂れ(いわれ)があります。例えば、「矢来」という紋様。矢が来ると書いて矢来(やらい)と言います。これは弓矢が飛んでくる様子を描いたもので、鋭い矢が“魔を射る”ことから邪気を払う意味があります。

麻の葉はまっすぐ丈夫に育つことから、赤ちゃんの産衣に着せ、健康に育つよう願う習慣があります。「麻の葉」の紋様には“今後もずっと健康でいられますように”といったメッセージが込められています。

――面白いですね。紋様の謂れを意識して贈り物を選ぶのも面白いです。

そうですね。紋様が表すメッセージからどのグラスにするか決めるお客様は多いです。ほかにも、皇室模様に代表するように日本では菊が模様に入っていると高尚なものの印象がありますよね。華硝オリジナルの紋様「糸菊つなぎ」は、“高尚”や“高貴”といったメッセージが込められています。目上の方へ贈っても失礼にならない贈り物としてオススメです。

ちなみに、「糸菊つなぎ」や伝統紋様の「矢来」の模様の江戸切子は、外交の舞台でも活躍しているんですよ。2008年洞爺湖サミットでは国賓への贈呈品として、2014年にオバマ元米大統領が来日された際にも手みやげとして、「糸菊つなぎ」や「矢来」の紋様の江戸切子が活躍しました。

※「糸菊つなぎ」紋様の切子。『ぐい呑み チューリップ』左から紅(赤)、瑠璃(青)。¥23,000(税抜)/1個あたり

ダイヤのような煌めき。全行程手作りにこだわる理由とは

――オバマ元国米大統領に贈られたなど、日本を代表するギフトとして選ばれる御社の江戸切子。制作工程をお伺いすることはできますか?

順を追って説明していきますね。まず初めに「割出し」と言って、刃を入れたい場所に印をつけます。硝子を回転台に乗せ、マジックで線が曲がらないよう丁寧に引いていきます。

続いて「粗摺り(あらずり)」と呼ばれる、硝子をカットしていく作業。ホイールに硝子を押し当てて先ほど線を入れた箇所をなぞるように削っていきます。基本的な骨組みを作る作業です。

力を入れる強さによって線の太さが変わるため慎重に削っていきます。ここでは硝子はまだ白っぽい半透明な状態です。さらに、先ほどの骨組みとなるカットをもとに「三番掛け」という、細かなカットを施します。

それが終わったら、「研磨」の工程に移ります。一般的に製産されている江戸切子は、木盤や樹脂系パッドに水溶きした研磨剤をつけてカット面の光沢を出す方法や、薬品に浸して光沢をだす「酸磨き(さんみがき)」という方法がありますが、華硝では、伝統的な製法である「手磨き」を採用しています。

――大変そうな作業ですが、手作業で行っているんですね。

はい、硝子本来のキラキラとした眩い輝きと、繊細で美しい作品を作るために、弊社では「手磨き」にこだわっています。そして、華硝の作品はタワシでゴシゴシ洗っても傷つかない。スチールタワシを使っても大丈夫ですね。硝子って、元々は固くて丈夫なもの。だから生活のなかで普段使いができるんです。

※鮮やかな瑠璃色も手作業で研磨することで、剥がれることなく硝子本来の天然色が保たれます。

世界に発信し、後世に継承していく江戸切子とは

――熊倉さんが江戸切子の世界に入られたきっかけは何だったのでしょうか?

私はただ父の跡を継いだだけなので、きっかけというと難しいですね。バイトとして手伝っていた時期もありましたが、腰を据えて働き出したのは大学を卒業した後から。始めはかなり苦労しました。しかし、会長の指導の甲斐あって1年目には商品としてだせるほどに成長しました。

――商品として世に出せるものを作れるようになるのに1年かかったとおっしゃいましたが、江戸切子の世界では一般的に1年ほどで職人になれるものですか?

僕らの定義だと、同じものを同じように作れるようになったら一人前。一般的には1年ほどでその域に到達するのは無理だと思います。1つだけの注文はまずありませんから、個々の出来栄えに波を作らず、同じものを量産できるかどうかが職人としての技量ですね。

よく、『作家と職人は何が違うんですか』と聞かれることがあります。作家さんはひとつの作品を一生懸命作り上げます。しかし職人は100個あっても、1,000個あっても、全て同じものを作らなければいけない。ひとつだけがうまくできていても意味がないんです。だからこそ一人前になるまでには時間がかかります。

でも、昔はよく10年修行して一人前…なんて言いましたが、それって時代と合わないですよね。うちの場合はシステム変え、5年ほどで大体の工程を難なくクリアできるよう、マニュアルを公開しています。現在は20代〜30代を中心に8名ほどの職人が在職しています。

――時代に合わせて仕組みを変え、技術を継承されているんですね。今後熊倉さんは、どのような江戸切子を作っていきたいですか?

やはり、「江戸切子を通して人を幸せにする」をモットーにお客様に喜んでもらえる商品を作り続けていきたいです。我々も時代に合わせて少しずつ商品を変化させています。車もスペックやフォルムをマイナーチェンジしますよね。変えてみて、お客様の反応を見て、リアクションが悪かったら元に戻して、という風に。常に、お客様に気に入ってもらえる商品が作れるよう、日々試行錯誤しています。

江戸切子を選んでいただくお客様は贈呈用であることが8割ほど。“元国米大統領も持っている”等、付加価値が付けられたギフトは、贈る際に話が盛り上がりますよね。贈られた側も、理由が添えられていると、考えて贈ってくれたことが伝わって嬉しい。簡単ではない試みですが、今後も喜んでいただけるギフトを目指し、世界に通用するものを作っていきたいですね。

企画・取材:ロースター
文:天野成実(ロースター)
写真:栗原大輔(ロースター)

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